大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和30年(ネ)402号 判決

控訴人 水口米吉

被控訴人 国

訴訟代理人 大坪憲三 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金百七十万円及びこれに対する昭和二十六年六月十日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

控訴代理人は、請求の原因として、

(一)  控訴人は機帆船第三洋興丸(六十三噸六十二、以下本件船舶と称す)を所有していたものであるところ、昭和二十四年四月頃これを訴外楊有明に対し、賃貸期間二ケ月、賃料は右訴外人が行う海人草採取事業の純益の二割とし、正規の許可を受けて台湾附近でなす海人草採取のためこれを使用する約定で賃貸した。然るところ、本件船舶はその後佐藤千之助外数名が本件船舶を使用して関税法違反等の罪を犯した嫌疑に因り、同年六月十一日山口県柳井港東港において門司税関岩国支署大蔵事務官森学より差押を受けるに至つたが、右差押中なる同年六月二十一日午前一時過頃襲来したデラ台風により柳井港西港入口附近において大破し、解体沈没するに至つたものである。右は前記大蔵事務官森学がその職務を行うにつき過失によつて控訴人所有に係る本件船舶を沈没させて、違法に控訴人に損害を与えたものというべきである。即ち右森事務官が本件船舶を差押えた際、船長以下乗組船員は取調のため下船させたのであるから、船舶管理人を選任するについては、船舶の運航管理につき十分な知識経験を有する者を選ぶべきであるに拘らず、右森事務官は本件船舶の管理人として船舶の運航管理につき知識経験のない荷揚業者である訴外上垣内保一を選任し、右上垣内は更に船舶の運航管理につき知識経験の乏しい石川順一に本件船舶の管理をなさしめたものである。而して本件船舶は柳井港東港において差押を受けたのであるが、東港は防風波の設備がなく、風波に対し頗る危険な港であるから、速かに西港或は他の安全な場所に本件船舶を曳航して船舶の安全を図るべきであつたに拘らず、右石川順一は漸く同年六月十八日及び十九日の両日に曳船によつて本件船舶を柳井港西港に入港させんとしたが、港の入口が浅く入港できなかつたため、西港入口附近において機関運転の技能も経験もない前記石川一人乗組んだまま漫然大潮の時を待たんとしている中、前記の如く台風の襲来を受けたのである。若し本件船舶差押後早急に本件船舶を安全な場所に曳航していれば沈没を免れたこと勿論である。また下関測候所は昭和二十四年六月十九日午前八時に「風雨はまだ続く云々」の気象特報を発して居り且つ同月二十日午後六時に台風襲来につき警戒警報を発しているのであるから(右警報は同日午後六時二十二分防府放送局に通報されていて、同日午後七時の放送で放送されたと推定される)船舶管理の責任を有する門司税関、前記上垣内及び石川等は気象の報道に十分注意を払い、右のような警報が発せられたときは、直ちに船舶の安全につき適当な措置を採るべきであるに拘らず、何等の措置を採ることなく、極めて危険な港入口附近に本件船舶を碇泊させていたのは重大な過失である。これを要するに、本件船舶の沈没は、前記森事務官が船舶の運航管理につき知識経験のない上垣内保一に本件船舶を管理させた過失、右上垣内が更に船舶の運航管理につき知識経験のない石川順一に本件船舶を管理させた過失並に前記森事務官、上垣内保一及び石川順一において本件船舶安全に管理するにつき適当な措置を採らなかつた過失に基因するものである。なお仮に本件船舶沈没当時、差押物件たる本件船舶は既に税関より検察庁に引継がれていたとすれば、山口地方検察庁岩国支部検事池田修一において本件船舶管理上の過失があつものというべきである。従つて被控訴人国は国家賠償法第一条により、控訴人に対し控訴人が本件船舶の滅失に因り蒙つた損害を賠償すべき義務があるものというべきところ、本件船舶の当時における価格は金六百万円であつて、控訴人は同額の損害を蒙つたものであるが、被控訴人に対し右損害金の中金百七十万円及びこれに対する本件不法行為の後である昭和二十六年六月十日以降完済に至る迄民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

(二)  尤も本件船舶に対しては、その後昭和二十六年一月十七日山口地方裁判所岩国支部において、訴外久米明に対する関税法違反等被告事件につき旧関税法第八十三条第一項により、差押に係る第三洋興丸を没収する」旨の判決言渡を受け、該判決は確定し、右判決に基き山口地方検察庁岩国支部検事池田修一が、本件船舶の機関一基及び船体残材の一部を売却処分し、その代金を国庫に納入したものであるが、仮に本件船舶が前記の如く控訴人においてこれを楊有明に賃貸した後関税法違反行為に使用されたとしても、控訴人は右賃貸に際し本件船舶が関税法違反行為に使用されることは夢想だにしなかつたところであるから、前記刑事事件において裁判所が犯人以外の者たる控訴人の所有に係る本件船舶を没収することは旧関税法第八十三条第一項の解釈上許されないところであり、本件船舶に対し没収の判決がなされ該判決が確定したとしても、かかる判決は憲法第二十九条、第三十一条、第三十二条に違反する無効の裁判であつて、控訴人に対し何等の効力を及ぼすものでなく、かかる判決に基きなされた没収処分も無効の処分行為であつて、控訴人には何等の効力を及ぼさない。

と陳述し、

被控訴代理人の答弁は、原判決事実の欄中被告指定代理人の答弁として摘示された部分と同一であるから、ここにこれを引用する。

立証〈省略〉

理由

控訴人が昭和二十四年四月頃その所有に係る機帆船第三洋興丸(総噸数六十三噸六十二、以下本件船舶と称す)を訴外楊有明に対し賃貸したこと、門司税関岩国支署大蔵事務官森学が同年六月十一日訴外佐藤千之助外数名に対する関税法違反等被疑事件につき、山口県柳井港に碇泊していた本件船舶を差押えたこと(占有者佐藤千之助)、本件船舶は右差押中同年六月二十一日デラ台風襲来により大破沈没し、機関一基(百五馬力)及び船体材の一部を、残存するのみとなつたことは当事者間に争なく、成立に争のない乙第一、二号証の各一、二及び同第五号証の一、二に徴すれば、山口地方裁判所岩国支部(裁判官藤崎しゆん)は、昭和二十五年十二月二十二日佐藤千之助外四各に対する関税法違反、貿易等臨時措置令違反被告事件につき、また昭和二十六年一月十七日久米明に対する関税法違反、貿易等臨時措置令違反被告事件につき、いずれも有罪の判決をなすと共に「税関の差押に係る第三洋興丸はこれを没収する」旨の裁判を夫々言渡し、右各判決は確定したこと(罪となるべき事実は、右被告人等が楊有明外数名と共謀して本件船舶を使用して昭和二十四年五月十五日柳井港より自転車、味噌、たくあん、醤油、地下足袋等を沖縄の石垣島へ密輸出し、更に沖縄の与那国島より同年六月十日海人草、生ゴム、衣料品等を柳井港に密輸入したとの事実)、山口地方検察庁岩国支部検事池田修一は、右二個の判決に基き本件船舶に対する没収の裁判を執行し、本件船舶の機関一基については、昭和二十六年六月一日これを公売に付し、同年六月九日井森今助に対し代金八万円で売却して同日右代金を国庫に歳入したことを認めることができる。

控訴人は、本件船舶が前記の如く差押を受けた後柳井港附近で沈没したのは、門司税関大蔵事務官森学の過失に基因するものであると主張するにつき審按する。

成立に争のない甲第五、六号証、原審証人上垣内保一、同石川順一、当審証人古賀敏彦の各証言を綜合すれば、門司税関岩国支署大蔵事務官森学は昭和二十四年六月十一日午後一時三十分柳井港東港に碇泊していた本件船舶を差押えた後、本件船舶の管理を柳井海運商会こと上垣内保一に委託したこと、右上垣内保一は本件船舶の管理を更に石川順一に依頼したこと、柳井港東港は豊後水道に近く風当が強いため、本件船舶を東港に比しより安全な柳井港西港に繋留することとなり、右石川順一は同月十八日、十九日の二回に亘つて本件船舶を西港入口迄曳航したが、西港は浅く、当時小潮時であつたため入港することができず、大潮時を待つたため西港入口附近において碇泊中、同月二十日午後十一時半頃より急に風雨が激しくなり(デラ台風襲来)、翌二十一日午前一時過頃強風のため船体が防波堤に打ちつけられて、遂に大破沈没するに至つたこと、その後本件船舶の機関一基と船体材の一部が引揚げられたこと、一方門司税関岩国支署は犯則事件の調査を了えて同月十八日違反嫌疑者を告発すると共に、同日差押物件たる本件船舶を山口地方検察庁岩国支部に引継いだことを認めることができ、右認定を覆えすに足る資料はない。

そこで本件船舶が差押中前記の如く沈没するに至つたことにつき、前記大蔵事務官森学に過失があつたか否かにつき考察するに、同事務官は本件船舶の管理を柳井海連商会こと上垣内保一に委託したこと前認定の通りであるところ、当審証人古賀敏彦の証言に徴すれば、門司税関岩国支署は当時職員の数も少く、直接差押物件たる本件船舶の管理をなすことができなかつたため、その管理を民間業者に委託することとなり、柳井警察署とも協議の結果前記柳井海運商会(その代表者が上垣内保一)委託するのが適当あると考え、同商会に本件船舶の管理を委託したものであること、右柳井海運商会こと上垣内保一はかなり手広く回漕業を営んでいる海運業者であつて、船舶の管理者として不適任ではなかつたことを窺うことができ、控訴人主張の如く右上垣内保一が船舶の管理者として不適任であつたことを認めるに足る証拠がない。凡そ税関官吏が関税法違反等の犯則事件につき船舶を差押えた場合、税関官吏は善良な管理者の注意を以て当該船舶を管理すべきであることはいうまでもないが、前敍認定の事実に徴すれば、本件の場合前記森事務官が本件船舶の管理を右柳井海運商会こと上垣内保一に委託したことにつき同事務官に過失があつたものと見ることはできず、また差押船舶の管理方法につき、同事務官が右上垣内保一に対し適切な指示監督を怠つたことを肯認するに十分な証拠も存しない。而して本件船舶が沈没したのはさきに認定したような経緯に因るものであり、その直接原因は昭和二十四年六月二十日の夜半突如襲来したデラ台風であつて、本件にあらわれた各証拠を検討しても、前記上垣内保一或は同人より更に管理を委託された石川順一に船舶管理上の過失があつたことを認めるに足る証拠がなく、本件船舶の沈没はむしろ不可抗力に因るものと認めざるを得ないところである。しかし仮に右上垣内保一或は石用順一に本件船舶の管理につき幾分責むべき点があつたとしても、前敍説示の通り前記森事務官が本件船舶の管理を上垣内保一に委託したこと並に同人に対する監督につき過失が認められない以上、同事務官がその職務を行うにつき過失があつたものということはできない。なお門司税関岩国支署は昭和二十四年六月十八日本件船舶を山口地方検察庁岩国支部に引継いだことさきに認定した通りであり、前記沈没当時は右検察庁が本件船舶に対し保管責任を有していたこととなるが、右検察庁の検察官池田修一に本件船舶管理上の過失があつたことを認めるに足る証拠もない。

従つて本件船舶の沈没が国家公務員たる前記森事務官または検察官池田修一の船舶管理上の過失に基因することを理由として、国家賠償法に基き被控訴人国に対し損害賠償を求める本件請求は、右各公務員の過失が認められない以上既に失当であるというべきであるが、仮に百歩を譲つて右各公務員に本件船舶の管理につき何等かの過失が存したとしても、本件の場合は次の理由により控訴人は被控訴人国に対し国家賠償法に基く損害賠償請求権を有しないものといわなければならない。即ち本件船舶については、その後前揚二個の関税法違反等被告事件において「税関の差押に係る第三洋興丸はこれを没収する」旨の判決が言渡され、該判決が確定したこと前記の通りであるから、控訴人が本件船舶に対する所有権を完全に喪失するに至つたのは、右没収の裁判に因るものというべきである。尤も右没収の裁判当時現存していたのは、本件船舶の機関一基及び船体材の一部のみであつたことは前記の通りであるけれども、右は没収の裁判前にたまたま差押中の船舶が沈没するという事故が発生したため、右機関一基及び船体材の一部のみが現実に没収の裁判の対象となつたに過ぎず、若し本件船舶が沈没することなく没収の裁判当時現存して居れば、本件船舶全体が現実に没収の対象となつていたであろうことは、前記各刑事判決の主文に照し明らかであるということができる。この点に関連し、控訴人は、控訴人としては本件船舶が関税法違反行為に使用されることを全然知らないで前記楊有明に対しこれを賃貸したのみであるから、関税法違反等の罪を犯した犯人等が本件船舶を占有していたとしても、旧関税法第八十三条第一項を適用して本件船舶を没収することはできず、裁判所が右規定を適用して船舶没収の裁判をなしても、かかる裁判は憲法第二十九条、第三十一条、第三十二条に違反する無効の裁判であつて、控訴人に対し何等の効力を生ずるものではないと主張するにつき考察を加える旧関税法(昭和二十九年法律第六十一号による改正前のもの)第八十三条第一項が同法第七十四条、第七十五条、若しくは第七十六条の犯罪行為の用に供した船舶にして犯人の占有に係るものをも没収する旨規定したのは、犯人以外の第三者有所に属する船舶でも、それが犯人の占有に係るものであれば所有者の善意悪意に関係なく、すべて無条件に没収すべき旨を定めた趣旨ではなく、所有者たる第三者において当該船舶が前記犯罪行為の用に供せられることをあらかじめ知つており、その犯罪が行われた時から引続きその船舶を所有していた場合にその船舶を没収できる趣旨に、解すべきであることは、最高裁判所昭和二六年(あ)第一八九七号昭和三十二年十一月二十七日大法廷判決の示すところであるから、若し控訴人において本件船舶がいわゆる密貿易の用に供せられることを全然知らなかつたとすれば、前掲各刑事事件において本件船舶を没収する旨の裁判をなしたのは、旧関税法第八十三条第一項の解釈適用を誤つたものであり、違法たるを免れないこととなる。しかし本件の場合仮に控訴人において本件船舶を前記楊有明に賃貸するに際し本件船舶がいわゆる密貿易の用に供せられることを知らなかつたものであり、前掲各刑事判決における本件船舶没収の裁判が違法であつたとしても、一旦没収の裁判が言渡され、その裁判が確定した以上、その裁判が控訴人主張の如く当然に無効であるということはできない。また右没収の裁判をした裁判官が旧関税法第八十三条第一項の解釈適用を誤つたとしても直ちに当該裁判官に過失があつたということはできない。

然らば仮に前記税関官吏或は検察官において差押船舶に対する管理につき何等かの過失があつたとしても、控訴人が本件船舶に対する所有権を完全に喪失したのは、前掲各刑事事件において本件船舶を没収する旨の裁判がなされ、該裁判が確定したことに因るものであり、右公務員の過失と控訴人の本件船舶所有権喪失との間に因果関係が存しないものといわなければならない。従つて右公務員の過失に因り控訴人が本件船舶につき損害を蒙つたものということはできない。

敍上説示により、控訴人が被控訴人国に対し国家賠償法第一条の規定に基き損害賠償を求める本訴請求は、いずれの点より見ても失当であつて、爾余の点についての判断をなす迄もなく棄却を免れない。

仍て本訴請求を排斥した原判決は結局相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条により本件控訴はこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法第八十九条第九十五条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 谷弓雄 浮田茂男 橘盛行)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例